No.7 戸塚共立いずみ野病院 髙橋竜哉先生 

アルツハイマー病の“新薬”登場で変わる認知症診療
大きなブレイクスルーであることは間違いない

戸塚共立いずみ野病院
院長
髙橋 竜哉 先生

たかはし・たつや
1988年、弘前大学卒業。横浜市立大学医学部病院臨床研修医、神奈川リハビリテーション病院 精神神経科、横浜市立港湾病院 内科医長、横浜市大附属市民総合医療センター 神経内科准教授を経て、2009年、国立病院機構横浜医療センター 神経内科部長。2022年、戸塚共立いずみ野病院 院長に就任。現在に至る。

【認定医等】
日本内科学会認定総合内科専門医
日本神経学会認定神経内科専門医・指導医
日本脳卒中学会認定脳卒中専門医・指導医
日本頭痛学会認定頭痛専門医・指導医
日本認知症学会認定認知症専門医・指導医

 2023年9月、アルツハイマー病に対する新薬「レカネマブ(レケンビ®点滴静注)」が承認され、大きなニュースとなりました。アルツハイマー病の原因に直接働きかけて病気の進行自体を抑制する薬としては、国内で初めて承認された薬です。そんな画期的な新薬について、脳神経内科で治療を行う戸塚共立いずみ野病院院長の髙橋竜哉先生にお話を伺いました。

脳に蓄積する「βアミロイド」を除去

―――まずは認知症について解説をお願いします。

髙橋
 認知症とは、病気が原因で脳の神経細胞の働きが低下、認知機能障害により日常生活が正常に送れなくなる状態を指します。認知機能には主に「記憶力」「言語能力」「判断力」「計算力」「遂行力(料理や旅行の計画など)」の5種類あり、認知症とは、認知機能のなかの「記憶」の障害、プラス他4種類から1つの障害、且つ生活上で援助を必要とする状態――とされています。現在、日本では90歳代の70%が認知症と推計されています。原因はいくつかありますが、最大47%を占めるのがアルツハイマー病です。

―――アルツハイマー病について教えてください。

髙橋
 特徴として、最初に記憶障害が起きます。それは、脳のなかの記憶のコントロールを司る「海馬」と、海馬から出ている連絡網のようなところに「老人斑」と「神経原線維変化」の両方が広がっているためです。
 「老人斑」とは神経細胞の外にある脳のシミのようなもので、「βアミロイド」と呼ばれる体内で作られるタンパク質の塊を指します。βアミロイドは健康な人の脳にも存在しますが、通常は分解、排出されます。しかし、アルツハイマー病では、その働きが衰えたり、βアミロイドが多く生み出されたりして脳内に蓄積し、固まっていきます。これが引き金となり、最終的に神経細胞が死滅すると考えられています。
 また、脳内に存在する「タウ」と呼ばれるタンパク質がリン酸化※した塊が「神経原線維変化」です。微小管を保つ働きのあるタウが異常化し、タウ同士で絡みつくなど、通常の構造が変化して、神経細胞にダメージを与えます。これにもβアミロイドが影響しています。
 新薬「レカネマブ」は、このボトルネックであった「βアミロイド」を除去して、アルツハイマー病の進行を抑制し、認知機能と日常生活機能の低下を遅らせることを実証して承認された、世界で初めて且つ唯一の治療薬なのです。

―――従来の薬との違いは?

髙橋
 これまでのアルツハイマー病の抗認知症薬は4種類。①ドネペジル、②ガランタミン、③リバスチグミン、④メマンチンです。①~③はアセチルコリンの働きを増強させ、④は過剰なグルタミン酸を調整する働きがあります。簡単に言うと、①~③は神経伝達物質である「アセチルコリン」を増やして覚醒度を上げる働きがあり、④は脳の過剰な興奮を抑えて平穏に保つ働きがあります。どちらも神経伝達物質を調整しているだけであり、対症療法にすぎませんでした。対して、新薬「レカネマブ」はアルツハイマー病の原因物質「βアミロイド」に直接働きかけ、効果を示しています。

―――新薬「レカネマブ」は「βアミロイド」にどう働きかけるのでしょうか。

髙橋
 実はこれまでもβアミロイドを取り除く薬は開発されてきましたが、認知機能の低下を抑える十分なデータを示すことができませんでした。そこで、βアミロイドのある特定の段階である「プロトフィブリル」に狙いを定めたところ、効果を示したのです。
βアミロイドは20年程度かけて凝集しながら脳内に溜まります。これまで開発されてきた多くの薬は、線維状の固まりになった段階のβアミロイドを取り除くよう設計されていましたが、新薬「レカネマブ」は線維状になる前の「プロトフィブリル」の段階で結合するように設計されています。これにより、βアミロイドの線維状を防ぎ、より効果を示したのだと考えられています。

―――新薬はどんな患者さんが対象となるのでしょうか?

髙橋
 新薬を投与できる条件は定められています。まず、認知症の前段階にあたる状態の軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)、および初期のアルツハイマー病の方が対象です。進行した中等度や重度の方には使用できません。その他、新薬「レカネマブ」の成分で重篤な過敏症の既往歴がある方、また、脳MRI検査を行い、脳出血の痕跡など異常が見つかった場合も使用不可となります。また、検査(アミロイドPET検査または脳脊髄液検査)で、脳にβアミロイドがどれだけ溜まっているかを明らかにする必要があります。今回、アミロイドPET検査と脳脊髄液検査が保険適用となりました。さらに、当院ではMMSE(Mini Mental State Examination:認知症のスクリーニング検査)とCDR(Clinical Dementia Rating:認知症の重症度を判定する臨床的認知症尺度)を行っています。こうした検査や問診の結果から専門医が適応と判断し、新薬を使用することが出来るのです。

―――新薬の投与はどのように行われるのでしょうか?

髙橋
 2週間に1回、1時間ほどかけて点滴で投与し、それを18カ月程続けます。初回は投与後にアレルギー反応などが起こらないかどうかを確認します。また、体重によって投与量が異なりますが、薬剤費は1人当たり年間298万円(体重50キロの場合)となります。

―――気になる副作用は?

髙橋
 注意すべきは、ARIA(アリア:Amyloid Related Imaging Abnormalities)と呼ばれる副作用です。ARIAはβアミロイドをターゲットとする治療に特有の事象で、ARIA-E(血管原性脳浮腫:脳血管の周りに水が溜まる浮腫)とARIA-H(脳内の微小出血や脳表ヘモジデリン沈着)の2種類があります。多くは一時的なもので、症状頻度は2~3%、100人中約3人とさほど高くはありません。ただ、ARIAの症状が出た時点で治療は一旦中断し、症状が治まったら再開するというプログラムを組んでいます。そこで安全性を確保しています。

―――投与施設の基準は?

髙橋
 まず、投与に際して必要な体制がとれていること、専門医2名以上(研修後10年以上の臨床経験有)を有していること、検査体制(MRI検査<1.5Tesla以上>)(PET検査またはCSF検査)が実施可能であること、認知症疾患医療センターと連携がとれる施設等が挙げられます。かなりハードルは高いと言えます。

アルツハイマー病の未来

―――今回の新薬登場によって今後の認知症治療はどう変わっていくとお考えでしょうか。

髙橋
 この新薬で大事な点は、βアミロイドの仮説から始まって狙いを定めていった薬であり、初めて保険適用されたアルツハイマー病治療薬だという点です。残念ながら進行抑制で改善はされませんが、アルツハイマー病になる前段階で投与したら有効かもしれません。そんななか、今注目されているのが「血液バイオマーカー検査」です。脳から血中へ、わずかに排出されているβアミロイドやタウなどの関連物質を調べて脳内のβアミロイドの蓄積度合いを推定しようというもの。これが健診レベルでわかる時代が来るかもしれません。

―――ずばり何年後でしょうか?

髙橋
 5年後くらいでしょうか(笑)。血液検査は健診として扱えますので、未来は健診でアルツハイマー病検査ができるようになります。予防できるのは大きいですよね。ですから今回の新薬登場はアルツハイマー病にとっての第一歩、大きなブレイクスルーとなることは間違いありません。そして世の中からアルツハイマー病がなくなる時代が来るのではないでしょうか。

―――本日はありがとうございました。

※リン酸化:タンパク質機能の調節や細胞全体のシグナル伝達において主要なメカニズムを担うもの

戸塚共立いずみ野病院
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