学術大会の詳細
第25回日本難病看護学会 第8回日本難病ネットワーク学会が2020年11月に初めて合同学会を開催しました。
両学会とも医師やその他の医療スタッフ、患者様も参加される学会ですが、今回初めて合同学会が開催され『ともに「難」の克服を目指す 難病新時代の到来』と題され、難病看護学会大会長に医学総合研究所の中山優季看護師と、難病医療ネットワーク学会大会長に神経病院の川田明広医師というスモンを克服した我が国にとって相応しい、難に立ち向かうための臨床と研究の両輪を担う両施設から選出されました。
基調講演ではJohonBach先生をお招きして、石川悠加医師が座長となり、日本でNPPVが盛んになる契機をつくった先生方の講演が話題を呼びました。
私が講演を行ったのはシンポジウム「神経筋疾患患者の慢性期呼吸管理とケア」でした。
同セッションでは低圧持続吸引器の開発をされた山本真先生が医師として、創発計画株式会社の高野元様がALS患者として、高野様と切磋琢磨療養環境を築き上げた温盛由紀子訪問看護師と行いました。
私は「長期人工呼吸 合併症とその対応(ALSの気管拡張に着目して)」を題し20~30分の講演と、ディスカッションを行いました。
発表の概要
気管切開を行い人工呼吸器を装着するALS患者は我が国で最も多く、中でも狭山神経内科病院は日本のALS患者の約1%を診る世界的に見ても貴重な病院です。
ALSに対応する医療者の多くは、カフ部のエアリークを伴うTPPV管理のALS症例と対峙し、致死的な2次的合併症を起こしかねないカフ部のエアリークの対応に悩んだこともあるとおもいます。私たちも同様の課題に直面し、1. どの程度の割合で気管拡張を起こしているのか、2. カフの管理は適切に行われているのか、3. エアリークを伴う患者の特徴はあるのかなど基本的な研究を行い、臨床に応用してきました。
TPPV管理のALS患者の気管拡張の割合は95%以上であり、しかも対象のカフ圧は26.0(19.5-39.5)cmH2Oでした。この研究をもとに我々は、気管拡張は不適切な管理方法による稀な合併症ではないと認識できました。
では、本当にカフ圧は適正なのでしょうか。これを調査する為に、シリンジ型カフ圧計を用い測定すると、73例のALS症例を含むTPPV管理の128例のカフ圧は、60/128(46.9%)で高値でした。更にこの研究では、カフ圧を実測せずに他のデータから予測可能か検討するため、カフ圧を従属変数、他のデータを独立変数として重回帰分析を行いました。回帰式から算出するカフ圧の予測値は誤差が-31.7cmH2Oから68.9 cmH2Oと、臨床では予測式を用いることは不可能とわかりました。この研究を通して、カフ圧が高値である症例は一定数存在し、カフ圧は実測で管理することが望ましいとわかりました。
最後に、エアリークの対応について述べました。我々は、これまでのCT画像の検索で、カフ部のエアリークを伴う患者のCT画像の特徴をみつけました。カフ部のエアリークを伴う患者のCT画像の特徴は、1)カフ部の気管径が拡大している、2)カフ部の気管径が歪である、③気管カニューレが曲がって入っているということです。在宅で過ごす患者においてもレスパイト入院などを利用し、CT画像を確認し、カニューレサイズの変更、カフレベルの変更、メーカーや種類の変更など、気管の形状に合わせて対応するのが望ましいと述べ、この講演を終えました。
感想
今回は、我々の研究(ALSの気管径、測定・管理)を通して考えた、1:職域に対しての考え方、2:臨床と研究に対する考え方について述べ、感想とさせて頂きます。
1:職域に対しての考え方
私は理学療法士ですが、患者の様子を観察し、ALSの気管径を測定し、適切なカニューレを選択し、適切に配置することを研究してきました。理学療法士の専門領域ではないと感じる方もいらっしゃると思います。しかし、私はそれぞれが別な職域にあるように感じ、それらを包括的にカバーできる職種が必要と考え、臨床と研究に取り組んでまいりました。我々が難渋する課題の一部に、誰もが立ち入れず、誰もが立ち入れる、狭間の領域があると思います。難渋する課題は、我々の職域拡大のチャンスでもあるのではないでしょうか。
2:臨床と研究に対する考え方
研究と臨床はとても密接な関係がありながらも、臨床家にとって1つの理論を世界的に画一することには、あまりにも手の届かない距離感を感じます。
しかし、今回の講演を通して我々が難渋する事項には必ず打開する糸口があると感じます。臨床でALS患者の困りごとを聞き、それに対応する為に、私たちが数年前から疑問を研究して、その一つ一つを臨床に活かしていったことが、それらを繋ぎ合わせると、とても強固な理論を紡ぎだしていた事に気づかされました。より強固な理論を紡ぎ、我が国から世界に通ずる理論を構築するにはもう少し時間が必要ですが、臨床家にとっても世界に通ずる理論を画一することは手の届かない距離にはありません。もしそれが小さな理論であっても、誰かの臨床にとって(少なくとも私たちの臨床にとって)は大きな成果をもたらすと確信しています。
文責:狭山神経内科病院 リハビリテーション科 芝崎 伸彦